2006年05月31日

ワールドカップ予想

ワールドカップ開催がもうすぐだ。
今日は早朝から起床して、前哨戦を追っかけ再生で観戦した。
後半の2失点はいただけないが、ようやく、戦うチームになってきたように思う。
これで、勝ち点5で決勝進出が見えてきた。
しかし、加地の状態が心配だ。田中の離脱といい右サイドが危うくなってきたのが気がかり。

順当にいけば、F組はブラジル、クロアチア、日本、オーストラリアだと思うが、
ジーコの顔で、日本はワンランクアップすると僕は予想している。
これは、組合せ抽選会で、ブラジルと同枠に決まった瞬間にひらめいた。

僕の予想は、オーストラリアに勝ち、ブラジル、クロアチアとは引き分けで勝ち点5だ。
ブラジルは2勝1分(1分は日本)で勝ち点6。
クロアチアは1勝1敗1分で勝ち点4。

決勝トーナメントはE組はイタリアとアメリカだと思っている。
E組は1位通過しないとブラジルと当たってしまうので、イタリアはいつものスロースタートだと早々に消えてしまうように思う。セリエAでゴタゴタしてモチベーションが下がっているのでどうなのだろうか?代表選手で疑惑報道とかも出そうだし・・・。アメリカ得意のエシュロン・・・考えすぎか・・・。

一応、各組の決勝進出予想をしておく。
A組:ポーランド、ドイツ
B組:イングランド、スウェーデン
C組:アルゼンチン、オランダ
D組:ポルトガル、メキシコ
E組:アメリカ、イタリア(チェコ)
F組:ブラジル、日本
G組:フランス、スイス(韓国?)
H組:スペイン、ウクライナ

アフリカが一国も入ってない!(わからん)
決勝進出するためには、ブラジルを中心に考えると、1位通過しなければならない組はA・C・E・G組。2位通過しなくてはならないのはB・D・H組となる。
ドイツはA組1位にならないと決勝まで進めない。今朝の戦い振りからすると危うい。

得点王は、決勝まで進んだ国の選手が有利だが、敢えてウクライナのシェフチェンコを上げる。彼にはできるだけ沢山の試合をして欲しい。

優勝国は当然、ブラジル。
2位国は・・・・

さあ、もうすぐ寝不足の1ヶ月が始まる!!
posted by らまんちゃん at 20:39| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年05月27日

問題はプロッターだ・・

建築申請の前に敷地に看板をたて、その写真を添付して申請しなくてはならないので看板作りをする。専門家に依頼すればいいのだが、すぐに撤去してしまうものに大枚をはたくのが辛いものがあるので自分で作製することにした。自分の経費を考えたらあまりメリットのないことなのだが・・・。
サイズは役所から指定されているのが90cm角である。看板内容をパソコンで書き、当社のプロッターで出力でしようと思うのだが、A1サイズの短辺方向の巾での出力となるので、貼り合わさざるをえない。
いざ、出力の段になるとプロッターのインクが固まっていて使い物にならない!
仕方がないので、A2でプリントアウトした紙を2枚もってキンコーズへ行く。B0サイズなら1枚で済むのだが、大きな機械がないとのことでA0サイズ2枚で出力してもらう。持ち帰って、倉庫から大きなダンボールを持ち出して、2枚に何とか作成できた。

問題は当社の役にたたないプロッターである。
置いているだけの機械は邪魔なだけである。
設置場所面積x家賃を計算すると恐ろしい!
プロッターは大判サイズの図面出力のためにあるのだが、この2年ほど一度も使っていない。
元々プロッターが出来たのは編み機の刺繍をするためにあったようで、パソコンからの出力命令文はミシンの刺繍を機械にさせるために開発されたHP言語がベースとなっている。編み機のような実用に利用するものなら、置いておく理由もあるのだが、図面という役割が変化しているこの時代に必要なものなのか・・・・。
しかし、高価な機械だけに捨てるのも辛い・・・。

最近は図面は殆ど出力しなくなった。するとしても、A3への縮小図面として出力し日常的な打合せや手元控えとして活用している。現場に行くときも設計図はA3の縮小版を製本したものでA4サイズで持ち運ぶようになっている。建設会社に入札を行う場合は設計図の原寸のものをコピーして各社に1部提供する。建設会社は積算するときに、物差しで計って数量を拾ったりするので、原寸図面が必要だ。だが、数社の入札になると馬鹿に成らないコピー数なので最近はPDFファイルに変換して、CDに焼いて渡して、各社でプリントアウトしてもらっている。そうなると、原寸の設計図が必要なのは契約書や役所への提出書類くらいになってきている。もう、図面という、紙を前提とした世界からは遠くに来てしまった。この10年ほどで大きく様変わりしてしまった。その過渡期の産物であるプロッター。
どうしたものか・・・。

最近、紙に製図していた時代が懐かしい。
建築学科の最初は鉛筆の削り方だ。
先日、娘も最初にそれを教わったと言っていた。
和紙などに書いた時には、削り方が如実に反映される。シャープペンシルで画くときも、くるくると回しながら芯の先が常に一定の巾になるように画く。それだけで製図の実力が伺うことができる。コンピュータの作図はそれがないので、素人並みの実力かどうかも判断しにくくなっている。そんなことも建築技術の世界の齟齬を発見できにくくさせているように思う。設計のコンピュータ化の弊害は他にも色々とありそうだ。

僕が建築の世界に入るころは設計図はB版で書いていた所が多かった。それが、B版は日本規格ということなので、徐々に国際規格のA版になってき、現在は書類もA4サイズが基本となっている。
図面は現在も大きな建物はA1サイズ、通常はA2サイズで作図している。

紙のA版、B版ともサイズは縦横比が1:ルート2の比率になっており、A0サイズの面積は1u、B0サイズの面積は1.5uとなっている。いずれにしても、長手を半分に切れば常に相似形が保たれるという優れた寸法体系を持っている。Aサイズは大正の頃にドイツからもたらされた規格のようだ。

ちなみに、畳の寸法は3尺x6尺(91cmx182cm)が基本となっている。一説によると、信長が鉄砲の襲撃に遭ったときに、畳を盾にするために開発された寸法とのことである。各辺の長さの比が1:2となっており、この寸法も空間作成上味わい深いものがある。また、この空間概念によって建築物は出来ているので、秀吉は検地の際に6尺(1間)棒で建物を計測し、税金を徴収したようである。最近は建物が出来上がったら、畳屋さんが寸法を測って畳数に従って製作するので村法比はかなり狂ってきており、再利用は空間的には基本的にはできない。

紙のB版の寸法は美濃紙の大きさを基本としていたようで、江戸時代の公文書はこのサイズを基本としていたようだ。図書などもこの規格の大きさに長らくなっていた。設計図は耐久性のある和紙で長らく書いてきていた。A版サイズの用紙を使用するようになると、トレーシングペーパーになってきた。すぐに破れるし、空調もままならない製図室で汗ばんだ手の湿気を吸収してよく縮んだ。

大学時代、古い建物の図面を借り出してマイクロ撮影とかしていた時を思い出す。図面は全て和紙に画いてあり、中には烏口を用いて炭入れしたものもあった。図面の和紙は時代の経過を感じる「くすみ」はあるものの、ボロボロにもならずに当時の図面の迫力を間近に感じ驚いたのを思い出す。

手の感覚を大切にし、職人としての職能があった時代である。
建築技術ももう一度そんな時代の職能を取り戻す時期のような気がする。
プロッターという、便利だが陳腐化する「商品」に建築技術がダブってしまう今日この頃、皆さんご機嫌如何?。
posted by らまんちゃん at 19:11| 大阪 ????| Comment(8) | TrackBack(0) |

2006年05月24日

温暖化メモ

■温室効果ガス:日本が最大の購入国 世界の排出量取引市場(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/news/20060513k0000e040057000c.html

 世界銀行は、世界の二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量取引市場について現状を公表した。日本は05年1月〜06年3月の期間、全体の排出量(枠)の38%を購入し、最大の買い手になっている。
 日本の購入先はほぼ全量が民間部門。温室効果ガス削減義務を負う京都議定書の開始が08年に迫っているが、日本の04年の排出量は90年比でなお7・4%上回っている。目標達成に温室効果ガスの排出量購入は不可欠で、企業が取引を活発化させている。今年は日本政府も排出量購入を開始する。議定書で削減義務を負う他の先進国も事情は同じで、取引市場は一段と拡大しそうだ。

■注目を集めるエタノール燃料--B・ゲイツ氏の投資会社が
8400万ドルを出資(CNET-News)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060419-00000011-cnet-sci

 現在クリーンエネルギーを生成する技術への関心が高まっているが、このほどMicrosoft会長のBill Gates氏が資金を提供する投資会社Cascade Investmentが、Pacific Ethanolという新興企業に8400万ドルを出資することが正式に決まった。

 Pacific Ethanol(本社:カリフォルニア州フレズノ)は、トウモロコシを原料にしたエタノールを生産している。エタノールは、ガソリンと混ぜ合わせて、クルマの燃料として使うことができる。

■カンパ苦戦、計画に逆風 秋田・市民風車の公園整備(河北新報)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060521-00000002-khk-toh

 市民出資の風力発電機「市民風車」3基が稼働する秋田県で、風車周辺に計画している公園整備へのカンパがなかなか集まらない。風車建設を支援する市民団体が、市民風車を全国の出資者だけではなく、地元の多くの住民にも身近に感じてもらおうと企画した。低調な反応に、事務局は「市民風車に対する地元での認知度の低さを痛感している」とがっかり。公園整備のための募金を、広く呼び掛けている。

■富士重 大型風力発電機、受注へ(産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060505-00000014-san-bus_all

 富士重工業は、平成十九年春をめどに出力二千キロワット級の大型風力発電機の受注を始める。千キロワット以上の大型風力発電機市場
には、国内では三菱重工業だけが参入しているが、富士重も新型機を開発して本格参入する。政府は二十二年度までに国内風力発電量を現在に比べて二倍以上に引き上げる目標を打ち出しており、需要拡大を見込んで量産化に乗り出す。


■携帯用燃料電池 来年にも商用化 3−6倍長持ち(産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060515-00000013-san-bus_all

 携帯端末向けの地上デジタル放送「ワンセグ」がスタートするなど高機能化が進む携帯電話の弱点の一つに、電池の持ちの悪さがあるが、改善の切り札といわれる燃料電池が来年にも商用化される見通しとなった。すでに試作品は完成しており、現在のリチウムイオン電池の三−六倍の持ちが期待できそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060515-00000013-san-bus_all

■「燃料電池」の業界地図(夕刊フジ)
http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/05/post_5659.html

 国内に限っても10兆円を下らないといわれるように、燃料電池の潜在的な市場規模は大きい。それだけに開発競争は激しいものがあり、大企業同士の共同開発も目立つ。課題は耐久性、そして低価格化。業界勢力を検証してみよう。

■クリーンエネルギー市場、2015年には1672億ドル規模に(CNET Networks)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060310-00000010-cnet-sci

 新たに発表された報告書によると、クリーンエネルギー市場は、地球温暖化や石油価格の高騰などにより、2015年までに4倍以上に成長するという。

 調査コンサルティング会社のCleanEdgeが出したこの報告書では、同市場は今後9年間で、現在の399億ドルから1672億ドルに成長することが予想されている。同報告書は、時流的な複数の要因により、化石燃料に依存しない太陽や風力などのエネルギーに対する関心が高まるであろうと主張している。
posted by らまんちゃん at 17:45| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 温暖化

2006年05月23日

賎民思想というもの

吉田向学のプログ「部落学序説」を読んでいる。
友人から教えてもらったプログなのだが、僕の持っていた概念を変えてしまうような内容だ。
世の殆どが僕と同様な概念を持っていると思う。
あまりにも膨大な量なのでまだ1/10も読めてはいないのだが・・・。

読んでいて、フッと司馬遼太郎の「竜馬がいく」を読んだときを思い出した。
「竜馬は・・」は爽やかな大好きな小説なのだが、描かれている当時の志士たちの
原動力の連続性がどうも合点がいかなかった。
郷士という虐げられた身分に対しての「平民思想」は当時の志士たちの明るい将来像を与えていたのは解るのだが、思想としての攘夷論がいきなりか開国平民思想へとワープする契機は何であったのかが合点がいかなかった。

部落学序説を読んでいるうちに、気がついた。
幕藩体制内の郷士という存在が「可哀想な虐げられた人々」であり、その郷士たちの階級闘争として、幕末の志士の活動を見ていたように思う。
その賎民思想を絶対的な時間概念として理解していたようだ。
空間的概念と時間的概念を混同していたのだ。
賎民思想を空間概念と捕らえると、一気に合点がいった。
空間概念とは「関係性」の概念で、それは取替えが可能なもので、壊せば関係は無くなってしまう。

攘夷論は幕末の志士たちの皇民史観そのもので、彼らのアイデンティティーそのものでそれを取り除くことはおそらく出来ない相談だろう。
当時の行政府である幕府が諸外国からの圧力に屈した行政を行っている状況に、志士たちのアイデンティティーを激しく刺激した上での攘夷論が蔓延した原因があるのだろう。「身分が賎しくても耐えて国を守っている」という矜持が切れてしまった結果、志士となり倒幕へと向かったように思う。そこに「平民思想」が重なり階級闘争的な意味合いがもたらされたものだといえるのではないのだろうか。

部落学序説によると、「穢多」とは矜持としてのアイデンティティーをベースに行政が与えた特権のようだ。それが、明治維新の階級闘争としての結果、中途半端に廃止され現代の同和問題に繋がる賎民思想となったようである。

以上の意味は、単なる部落問題に限らず、一気に、現在の諸問題にも通じるように思う。時間概念、空間概念の混同、混乱は歴史認識や自らのアイデンティティを誤まらせる可能性がある。政府(行政も含めた)や政治家、マスコミの軽率なその場限りの認識はおそらく大きく僕たちのアイデンティティを蝕んでいるように思う。
これは、同和問題や日中韓問題を言っているのではない。
もっと身近な問題だ。

P.S
また、「賎」という概念ももう一度考え直す必要があるようだ。
引用の新井白石の部分を転載する
================================
その、比類まれなる言語学と歴史学に精通した新井白石が、「貴」・「賤」をどのように考えていたのか、それは決して意味のないことではないと思います。

新井白石はその書簡(『白石先生手幹』)の中で、彼の息子や娘のことを、「賤息」・「賤女」と呼んでいます。現代人は、「賤息」はともかく、「賤女」に対しては即差別語として受け止めるでありましょう。しかし、白石は、その手紙の中で、自分の娘に対して「賤女」という言葉を何のためらいもなく使用しているのです。それは、白石が、「賤女」ないし「賤しい女」、本質的に賤である存在として受け止めていなかったということを物語っています。白石にとって、「賤息」・「賤女」という表現は、その時代の身分関係における敬語表現、謙譲語以外の何ものでもなかったのです。白石が「賤」という言葉を使用するとき、それは、関係概念としての「賤」を表出したにすぎません。貴賎は、身分制度の身分の上下だけを指示する言葉であって、それは、決してその本質を、「賤」なる実体を表現する言葉ではなかったのです。近世において、歴史学の基本的な研究、資料批判や本文批判を行った歴史学者の白石は、歴史上の用語、その文献資料に出てくる「貴」・「賤」についても同様の判断をしていたのではないでしょうか。

今日の、部落史の研究者が、「賤民」という概念を、歴史学の基礎用語として、その身分の本質と実体を示す概念として、何の検証も批判を経由することもなく、学術用語として、無批判的に使用することは決して正しいことではないと思うのです。「賤民」という言葉を用いた瞬間、部落史の研究は、底のない、暗い迷路に誘い込まれるような気がします。「賤民」という概念は、歴史学上の「ブラックホール」として存在するようになります。歴史学者の、ありとあらゆる研究と考察が、その「ブラックホール」に吸い込まれれば、二度とその世界から出てくることはできなくなります。歴史学上の「ブラックホール」は、怠惰な歴史学者にとっては、本当に都合のいい「装置」になります。例外的な資料、「みじめで、あわれで、気の毒な人々」のイメージを、その穴の中で累積・拡大・増長し、人間としての悲惨さを強調することができます。

私は、歴史学が本当の科学なら、自らの科学の内に、そういう「ブラックホール」のような誤魔化しの装置を放置しないで、それを批判・検証して取り除き、その研究の内容を白日の下にさらけ出すのが本当であると
posted by らまんちゃん at 13:34| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) |

2006年05月22日

映画「ダヴィンチ・コード」

土曜日の深夜に見た。
満員だった!

映画の展開が早すぎて、小説を読んでなかったら、
筋に付いていけるのかな?と思ってしまった。

ソフィー役の女優はもう少し透明感のある色気が欲しかったように思う。

映画の感想は・・・・「中」
しかし、発売されるであろう完全版は購入すると思う。
posted by らまんちゃん at 16:05| 大阪 ????| Comment(2) | TrackBack(0) |

2006年05月09日

円高

凄まじい円高だ。
毎度のことながら、なぜ、日本の連休明けには大きく為替が動くのだろうか?

小泉政権は自民党を一気に都市型の政党に変えたといわれている。
それまでの政権が土建屋対策として景気対策を行い、地方の集票基盤と
なっていた。小泉政権誕生以降、土建屋国家の衣を脱ぎ捨て、資本主義国家と
しての衣をようやく纏い出した。
構造改革を声高に叫び、ドル買い介入に資金を投入し、ドル高=円安と
いう経済政策にシフト変更した。それにより、都市型企業は生き残り、
小泉人気に拍車をかけた。
しかし、国内向けのプロパガンダは果たして日本国民のに向けたもの
だったんだろうか?
だぶついたドルはどうしたんだろうか?この数日で価値が2割下がっている。

金持ちの爺さんの相続税対策でマンション計画をしていた。
彼は無職だが、アメリカ国債で充分な生活を送れると豪語していた。
この数日で彼の資本は億単位で吹っ飛んだことになる。
おそらくマンション計画も頓挫するのだろう。

この円高は連休前に言われていたことだけに、大騒ぎになっていないよう
にも思う。多くの資本家や企業は手当ては済んでいるのだろうが・・・。
しかし、手当て遅れが、急速な円高として現れているとしたら、勝負はもう、
ついているように思う。
日本に持って帰れないドルを持って、グローバルな根無し草になるしか
ないのである。
経済という世界は既に国家を超えて動いているということかもしれない。
国家の像は揺らいでいく。
posted by らまんちゃん at 16:46| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) |

2006年05月02日

配筋検査

久々の配筋検査。
市内に建つ、3階建の小さな住宅。
今日は基礎の配筋検査。
先週、途中段階で見ているので、手直しを兼ねてのチェック。
第3者機関の検査も今日なので立会いを兼ねている。

先週指示したことは手直しが終わっていた。
鉄筋の全体の通りが美しくないのでコンクリート打設前に整理するように
指示する。また、型枠と鉄筋の間隔を確保するスペーサーを木片で行って
いたので、厳重注意する。

第3者機関の検査員の検査風景を見ていると、かなり細かくチェック
しているので、好印象。姉歯事件の影響か?
しかし、木を見て森をみていなかった。

検査後、結果を聞くとOKとのこと・・・!
「木片のことを指摘してよ!」と言うと、
「こんな綺麗な配筋は久しぶりなもので・・・」とのこと。
監督が慌てて、コンクリート打設まで期間があるので、手直し後に行う
積もりだとの言い訳・・・。
鉄筋の1本くらい忘れててもいい部分はあるけど、スペーサーの方が数段
重要で、1cmの手抜きで10年の耐久性が違ってくるとお小言を言って
しまう。(ヤレヤレ・・・)


posted by らまんちゃん at 16:38| 大阪 ????| Comment(2) | TrackBack(0) |

ダビンチ・コード

いやはや驚いた!
友人からネタ本があるとは聞いたものの、
ここまで綿密な準備のある小説は初めてだ。
しかも、実在の組織名がそのまま使われているのは
小説以上のものがある。
全世界的なベストセラーも頷ける。

聖書が人為的なものであることは頭ではわかっていたが、
この小説を読んで、肌身で感じれたといえる。
敬虔な信者たちは読んで、どう思うのだろう?
西洋文化の根幹といえる部分なので、この小説の意味する
ことは非常に大きい。

翻って、我々日本人にとってどうなのだろう?
神も仏も混在する文化で、宗教は儀式上の棚上げとしか感じてない
我々にとっては、この小説は受け入れるのは容易いことなのだが。

自分にとってのタブーを見つめてみたい気になった。
そんな部分から、僕も・・・て思ってしまった。
posted by らまんちゃん at 15:48| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) |