しかし、東京ローズてその名前しか知らない。ただ、丁度、東京セブンローズを読み始めていたので驚いた。東京ローズのことなのかと読み進めていったが、どうも違うようだ。時代は同じく戦中戦後にかけてのものだ。
同書はすごく分厚いのだが、残りページが徐々に減っていくにつれ、終わって欲しくないという思いの中で、一気に読んでしまった。面白い!すごく面白い!
日記を綴っただけのような小説だが、中には至宝のような言葉が散りばめられていて、書き留めておきたい個所が何箇所もあった。また、「言語」をテーマにして、「日本」ということを、ここまで展開させるのか!とも改めて思った。凄い作家だ!そして、小説中ながら、女性はとても強いのだとも改めて思った。当時は、そんなこともあったような気がしてしまふ。井上ひさしに暫く嵌りそうである。
東京セブンローズの中で、日本語から漢字を無くすという敵将の企みは、現代の若者の携帯文化を見ると実現されているようにも思う。ただ、記号論的に見ると、漢字も携帯の絵文字も同じようなものかもしれない。記号が抱えている見えないイメージが敵将にとっては悪魔と思えたのかもしれない。絵文字がどれくらい、その悪魔の匂いを抱えられるか期待したい気がするが、どうなのだろうか。
記号が時代の表象としてしか現れない時、その記号は廃れるように思う。建築も記号と見た時、同様に思う。僕は悪魔の匂いを込められた建築を作っているのだろうか?そんな考えは古典的な巨匠主義そのものかもしれないが、ペロっと舌をさりげなく出しているような建物に触れると嬉しくなってしまう。

