最近、企業がおかしいと思うことが度々ある。
役人の世界がおかしいと言われて久しいが、同様のことが、企業にも蔓延している
ように思う。それも、結構、社会的評価の高い企業に顕著に見受けられる。
多分、「組織」体というものが、非常に病んでいるように見える。
数年前の「松下」に共通した感覚が同じようなものだった。
バブル期の「ダイエー」にも同様の感覚を覚えた。
「松下」はそれに気づいたのか、組織の大幅改革があったと聞く。
「ダイエー」はその存在が無くなってしまった。
共に衰退した結果をみると、将来のわが国は惨憺たる社会になるように思う。
ほとんど全てに共通するのが、自分のことにしか意識が回っていないのである。
何処から来たのか、そして自分が係わることによって、何処へいくのか
その意識がまったくないと言っていいように思う。
全てが他人事なのである。
自己の存在や所作が社会に影響を与えているという感覚がないのだろう。
自分が社会に係わることには「恐怖」を抱いているように見えてくる。
できれば、何にも係わりたくないのだろう。
子供の問題が、よく問われるが、同じ構造が見えるように思う。
子供は社会の鏡のように思う。
「おしり」を洗わなくては不潔に思えてから、人間は汚い存在に
思えてきたように思う。自分を「汚」い存在と感じ、自己否定の積み重ね
の上で、「正」しいことは何もしないこと、係わらないことにしか安らぎ
感じられない世界が出来上がったしまったのだろう。
人々の視線は世界を均質化してみている。
その世界は、「正」しいことは唯一しか存在しないのだ。
「さっき」と「これから」は同じ時間を刻み
「あそこ」と「ここ」は同じ空間を形どっているのである。
違和感や曖昧なものは許されない。
全ての物事は公式通りに線形に続いていく。
それは、テクノクラートの世界である。

