2009年06月26日

マイケルジャクソン死去

今朝、ニュースで訃報を聞いた。
ジャソクソン5の頃から海千山千の中で普通の人間の何倍ものスピードで生きてきたのだろう。僕はスリラーの頃が最高だったと思う。その後は♪We are the world♪で非凡な所を見せてくれた。
優しさと狂気が混在した人だったような気がする。
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2009年06月21日

伊坂幸太郎

この人は天才ではないだろうかと思う。

『重力ピエロ』を読む。
ついでに映画が上映されていたので見てみた。
圧倒的に小説の方が豊だ。
読んでいる途中で、ドストエフスキーの小説を読んでいる時空に彷徨った気がした。
会話が物語を引っ張っていく。
おそらく、言いたいことが、書きたいことが山ほどある作家なのだろう。
物語の内容はブログでは基本的には触れないつもりなのだが、
僕は春君は自主する必要はないと思う。
法とは法の元で裁かれ、法が包含する範囲に人間像は収まっていないと思う。

続いて
『ラッシュライフ』を読む。
こちらも仙台を舞台にした小説だ。
『重力・・』と同一人物が登場するのが、また魅力的だ。
姉妹作と読んでもいいのだろう。
仙台という都市の中である世界では『重力・・』があり、別の場所では『ラッシュ・・』がある。
ラッシュアワーという、人の行動が集中し、混雑をきたす時間があるが、皆が同じように気忙しく見える風景の中にも人それぞれの人生があり、均質性と一見見える中に時空が歪み人生が現れるのだろうと思う。

以前ブログに書いた、金融錬金術はこの人の小説『陽気なギャングが地球を回す』の中の何気ない一節から拝借したものなのだが、僕は一瞬、世界が解けたと思った。それ以来、僕の気持ちが少し楽になったように今も感じている。
きっと、『重力ピエロ』も『ラッシュライフ』もこの作家の錬金術から出てきた産物なのだろう。彼はきっと漠然と過ごし見ていたら発見できない世界の歪みを見つける才能があるのだろうと思う。
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『40』&『14』

作者は石田衣良。
爽やかさの残る元気の出る小説だ。
どちらも『4』に拘っているように思うが、たまたまなのかもしれない。

僕がまともに小説を読んだのは、大学1年の頃だ。
浪人して大学に行っているので二十歳頃だと思う。
それまでは、学校の宿題などの感想文作成の為に(文字を)読んだくらいだ。
手に取ったのが、五木寛の『日本三銃士』だったと記憶している。
内容は殆ど覚えてないのだが、『14』を読んだ後に、同じ読後感が蘇ってきた。

『40』、『14』共なのだが
僕の同年代の記憶からすると、若干大人びているような気がした。
14歳の頃はこんなに明快な感受性を持っていただろうか?
40歳の頃はこんなに社会と結びついていたのだろうか?
などを思った。
僕は社会に出たのが皆より約4年遅いので、その誤差なのかもしれない。

先日立ち上げた社団法人。
構成員は10人の一級建築士。
年齢は40過ぎから60半ば。
現在、ちょっと、皆がハイな状態だ。
先行きを心配すべきなのだろうが、夢を語り続けている。
我々にとったら、『60 フィティ』。
少し遅いか・・・
いや、『40』にあやかって
「人生は終わりと思っていたら、60歳が始まりだった。」
乞う期待!
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2009年06月09日

野辺の送り

土曜日に叔父が亡くなった。享年78歳。
日曜が通夜で昨日が葬儀。
通夜は所用で行けず、葬儀に行った。
このところ葬儀続きなので、場所場所の違いが目に付く。
叔父の葬儀は坊さんが6人も居た。
このへんは費用の掛け方なのかもしれないので何ともいえない。
ただ、6人のお経は荘厳でもあった。
以前、友人がCDに焼いてくれた燈明だったかを思い出した。
しかし、葬儀場所がかなりプアーなので集中力が維持できない。
建物は倉庫だと言っても「そうなのか」と思わせる安普請のメモリアルホール!
また、葬儀場に座っている背中のすぐ側を車の往来があり、狂った運転手が
突っ込んでくるのでは?と背中に緊張感を持ちながらの葬儀だった。
荘厳なお経と車の往来の音と振動が何ともアンバランスな時間だった。

葬儀も過ぎ、火葬場へ行くのは、今までと同じ。
違ったのは、火葬ボタンを喪主が押したことだった。
それが当然なのかも知れないが、何となく、身震いしてしまった。
その後、時間を置いて、骨拾い。これも最近経験したのと、それほど違わない。
しかし、ここからが違った。
何と!そのまま墓場へ行き、納骨までするのだ。

マイクロバスで叔父の家の近所まで行き、そこから徒歩で裏山に登っていく。
坂道が相当にきつい!
高校生の頃、この道を登ってお爺さんを見送った記憶が蘇ってくる。
確か、その時は、火葬ではなく、棺おけをそのまま、埋めた記憶がある。
僕は何かを持たされていた・・・何だったのか・・・
今、想うと、その頃は土葬でも良かったんだろうかと、疑問に感じる。
・・・・そんなことを思いながら、1kmほど登った所が、村の共同墓地。
既に村の人が場所を用意してくれている。
森の中の葬儀の列などを見ていると、「野辺の送り」という言葉が浮かんできた。
SH010059.JPG
納骨場所は大雨が降れば流れてしまいそうな所の一画を簡単に整地してあり、人が数人立てたらいいくらいのスペース。中央に掘られた穴に納骨し、参列者で少しづつ土を被せ、墓標を立て、竹で編まれた柵で覆い、中に花を一杯詰めて、参列者一人つつでの供養。

その後、会場に戻り、初七日を済ませた。
posted by らまんちゃん at 18:28| 大阪 晴れ| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする