土曜日に叔父が亡くなった。享年78歳。
日曜が通夜で昨日が葬儀。
通夜は所用で行けず、葬儀に行った。
このところ葬儀続きなので、場所場所の違いが目に付く。
叔父の葬儀は坊さんが6人も居た。
このへんは費用の掛け方なのかもしれないので何ともいえない。
ただ、6人のお経は荘厳でもあった。
以前、友人がCDに焼いてくれた燈明だったかを思い出した。
しかし、葬儀場所がかなりプアーなので集中力が維持できない。
建物は倉庫だと言っても「そうなのか」と思わせる安普請のメモリアルホール!
また、葬儀場に座っている背中のすぐ側を車の往来があり、狂った運転手が
突っ込んでくるのでは?と背中に緊張感を持ちながらの葬儀だった。
荘厳なお経と車の往来の音と振動が何ともアンバランスな時間だった。
葬儀も過ぎ、火葬場へ行くのは、今までと同じ。
違ったのは、火葬ボタンを喪主が押したことだった。
それが当然なのかも知れないが、何となく、身震いしてしまった。
その後、時間を置いて、骨拾い。これも最近経験したのと、それほど違わない。
しかし、ここからが違った。
何と!そのまま墓場へ行き、納骨までするのだ。
マイクロバスで叔父の家の近所まで行き、そこから徒歩で裏山に登っていく。
坂道が相当にきつい!
高校生の頃、この道を登ってお爺さんを見送った記憶が蘇ってくる。
確か、その時は、火葬ではなく、棺おけをそのまま、埋めた記憶がある。
僕は何かを持たされていた・・・何だったのか・・・
今、想うと、その頃は土葬でも良かったんだろうかと、疑問に感じる。
・・・・そんなことを思いながら、1kmほど登った所が、村の共同墓地。
既に村の人が場所を用意してくれている。
森の中の葬儀の列などを見ていると、「野辺の送り」という言葉が浮かんできた。

納骨場所は大雨が降れば流れてしまいそうな所の一画を簡単に整地してあり、人が数人立てたらいいくらいのスペース。中央に掘られた穴に納骨し、参列者で少しづつ土を被せ、墓標を立て、竹で編まれた柵で覆い、中に花を一杯詰めて、参列者一人つつでの供養。
その後、会場に戻り、初七日を済ませた。
posted by らまんちゃん at 18:28| 大阪

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