楽しみにしていたのは、中之島周辺の大模型と10mの鉛筆ドローイング。
印象はちょっとガサツな印象だった。
人が多すぎで、大模型はゆっくりと見れなかったので、かなりイラついた。安藤事務所の所員が大模型を前に何か説明しているのだが、一種のイベント化しているようで余計なパフォーマンスだと感じた。特に大阪城の天守閣に大阪市長(平松さん)と府知事(橋下さん)の顔写真を貼りましたというコメントが聞こえてきたので一気に興ざめた。
また、10mドローイングは安藤さんはこんな作品をよく出したものだなと思うほどガサツなドローイングで失望してしまった。大きけりゃ良いんだというくらいガサツな作品だった。このガサツさはひょっとしたら安藤建築の綻びてきているのではないかと心配になる。
去年暮に兵庫県立美術館でブラジル展をしていた、その中にフランシスコ・ファリアという人の鉛筆ドローイングを見て、僕も描きたい!と思ったのだが、その作品を一度見て来い!と言いたい。
安藤建築はミースの言う、「Less is more」を体言しているのが本髄だと思うのだが
何となく「Large is more」となってきているのではないかと危惧してしまう。
アルベルト・シューペイアーを想ってしまった。
建築展を後にして、大正の画廊で3人の作家のオープニングがあるとのことで行く。
作家は僕より年上だと思われる人。(名前を失念してしまった)
一つ興味があったのが、キャンバスを小さな砂で覆い一見、波が退いた後のような波紋を残した風情を作り3個の小石を微妙なバランスで置いてある作品。見えない緊張感があった。
イタリアのレオ・レオーニという作家が小石ばかり描いた作品を思い出した。
その後、さらに福島の画廊へ行く。
こちらも、一人の作家の作品展のオープニング。
結構、有名な人のようだ。
一つの作品が、建築を凌駕するような驚きをいつも期待するのだが、守ってあげなくてはならない印象がある。床の間に飾ることでしか成立しないような淡い作品のように思った。
それが現在なのかもしれないが・・・
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